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「無冠の帝王」から

真の「帝王」に登りつめた男

 

♪プロフィール♪

山田裕仁(ヤマダ ユウジ)

岐阜県・61期生(適性)

登録番号011812

 

生年月日…1968/06/18

血液型…A

身長…183.0cm

体重…88.0kg

胸囲…104.0cm

太股…64.0cm

背筋力…200.0kg

肺活量…6400cc

握力…(左)60.0kg(右)60.0kg

ウエスト…85.0cm

靴のサイズ…27.5cm

 

練習仲間…山口幸二・山口富生・水谷雅樹

師匠…中嶋直人

練習地…大垣

街道練習…国道303号線

高校スポーツ歴…陸上競技

 

褒章表彰…岐阜県民栄誉賞(平成5年)大垣市スイトピア章(平成5年)

 

☆獲得タイトル

1997KEIRINグランプリ優勝(立川)

1998全日本選抜競輪優勝(青森)

2002競輪祭優勝(小倉)

2002日本選手権競輪優勝(立川)

2002KEIRINグランプリ優勝(立川)

2003競輪祭優勝(小倉)

2003日本選手権競輪(平塚)

2003KEIRINグランプリ優勝(京王閣)

2007ふるさとダービー観音寺優勝

 

☆保持バンクレコード

京王閣(400)10.7秒(H7.10.13)

小田原(333)8.9秒(H7. 8. 8)333mバンクの日本記録

 

管理人の思い入れ

 

自分が競輪を真剣に見るようになったのは

1992年の前橋ドームダービー(日本選手権)のTV中継だった

競輪初心者の自分には中野浩一(福岡・引退)・滝澤正光(千葉・43期)・井上茂徳(佐賀・引退)

そして当時売り出し中だった吉岡稔真(福岡・引退)くらいしか名前を知る選手はいなかった

そんな中

二次予選に登場した山田裕仁選手(岐阜・61期)に目が行った

後続を千切っての1着だった

その圧巻のスピードを見て惚れてしまった

そして注目して見ていた準決勝

山田選手の後ろには中野がマークするレースだった

逃げる高木隆弘(神奈川・64期)を凄いスピードで捲くる山田選手

最終2センターで「捲くりきった!」と思った瞬間だった

逃げる高木が失格スレスレまでの強引なブロック

山田選手はフェンス近くまで飛ばされ無念の敗退となった

このレースを見て

「これが競輪なのか…」と思いしらされるレースでもあった

しかし

これでまた山田選手を応援しようという気持ちも湧いてきた

 

山田選手は岐阜県大垣市の出身

競輪ファンの父親に影響され競輪選手になる事を志し

高校では競輪選手になるための体力を鍛えるべく陸上の十種競技に打ち込む

競輪学校には61期の適性組(自転車競技未経験者のための試験)で合格

61期といえばエリート神山雄一郎(栃木・61期)の同期

競輪学校時代にはとてもかなう相手ではなかった

しかし

山田選手はプロデビューしてから徐々に力をつけてくる

やがて記念競輪(GV)では何度も優勝し吉岡・神山に肩を並べる程になった

その一方

特別競輪(GT)では決勝まで進出することもできず

「山田が特別の決勝に乗れないのは輪界の7不思議」ともいわれた

吉岡・神山はすでに特別競輪で優勝もしていた

そんな中でも自分は山田選手が特別決勝に乗る日を

そして優勝する日を夢見て応援し続けた

 

1994年春

山田選手を応援し続けて丁度2年

静岡競輪場で行われた日本選手権

この初日に

自分の見たレースの中で一番印象に残ることになるレースが行われた

雨の中の11Rの特別選抜予選

注目はS級18連勝の新記録更新中の吉岡だった

残り1周で吉岡が先頭に立つ

対する山田選手は7番手

誰もが吉岡の19連勝目だと思った

しかし

最終2コーナーから仕掛けた山田選手のスピードは半端じゃなかった

あの逃げる吉岡をいとも簡単に捲くってしまったのである

ゴールは後続を千切って山田選手のラインで1〜3着を独占

吉岡が捲くられる姿を見たのはこれが初めてだったような気がする

そしてこの大会で

準決勝繰り上がり3着ながらも

山田選手は特別競輪で初の決勝進出も果たす(決勝8着)

 

その後

力の吉岡・技の神山・速さの山田と3強と呼ばれるまでになったが

タイトルには手の届かない山田選手

初のタイトルとなるのはKEIRINグランプリ97であった

雨の中の立川競輪場

残り1周

逃げ態勢の神山を追い上げたところ

神山の番手にスポッと山田選手が入ったのである

以前にも神山の番手にはまって

番手捲くりを神山にブロックされて負けたことのある山田選手

しかしこの時は落ち着いて直線勝負

逃げる神山をキッチリ差しての優勝だった

GTの優勝経験なしでグランプリを優勝したのは

この時の山田選手が初めてだった

 

翌年(1998年)の夏には全日本選抜(青森)で優勝して初のGT獲得

それ以降しばらくGTが獲れない日々が続くが

2002年に競輪祭・日本選手権・KEIRINグランプリ02を優勝

翌年にも競輪祭・日本選手権・KEIRINグランプリ03を優勝し

「山田時代」を築いた

「無冠の帝王」と呼ばれた山田選手は「真の帝王」になったのである

 

近年

一時代の強さは見られなくなったものの

2007年には「ふるさとダービー観音寺」で優勝し初のGUも獲得

KEIRINグランプリ07では出場ならず補欠だったものの

最後まで出場争いをして「山田健在」をアピールした

今年(2008年)で40歳を迎える山田選手

時には中部の後輩の先行選手に前を任せる事もあるが

今でも自力自在でS級1班で戦っている

やはり山田選手は豪快なスピードの捲くりと

時に見せるカマシ先行がよく似合う

例え決勝に勝ち上がれず負け戦で走ろうが

あの見ていて気持ちのいいスピードを見るために

自分はこれからも山田裕仁選手を応援していこうと思う

 

2008年2月29日記

 

 

☆近況

♪2008年6月19日

 宇都宮競輪FT

 2日目第11レース(準決勝)で1着を獲り

 昭和58年4月以降の競走において通算7人目の通算500勝達成

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